ぎむの日記

ほぼ日記です

ミッドサマーを観ました

注) これは2021/09/22に書いたものです

 

ミッドサマーを観ました
いいおはなしだったので感想を書こうと思います
書き散らしです

以下、ネタバレ注意!

 

 

 

 

 

公式ホームページ↓

www.phantom-film.com

家族を不慮の事故で失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人と共にスウェーデンの奥地で開かれる”90年に一度の祝祭”を訪れる。美しい花々が咲き乱れ、太陽が沈まないその村は、優しい住人が陽気に歌い踊る楽園のように思えた。しかし、次第に不穏な空気が漂い始め、ダニーの心はかき乱されていく。妄想、トラウマ、不安、恐怖……それは想像を絶する悪夢の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

これ、グロいって聞いていたんですけど、私はグロシーンより何よりサイコホラーぽくなってきた終盤が一番怖かったです。
村のひとたちに訪問者全員が様々な形で喰い尽くされる話だったなあと思いました。

 

あらすじ(私が分かった範囲で)
登場人物は、もともと精神が不安定だったのに、父母妹が一度に亡くなってしまってますますメンタルが危うい主人公ダニー。そんな彼女を面倒くさがりつつ別れるに別れられない彼氏のクリスチャン。クリスチャンの友達のペレとマークとジョシュ。ペレの友達(多分)、サイモン&コニーカップル。
みんなでペレの故郷、スウェーデンの奥地に向かいます。目的は”90年に一度の祝祭”。ペレは里帰り、クリスチャンとジョシュは民俗学研究、マークは可愛い女の子目当て。ダニーはクリスチャンが行くから、なりゆきで。サイモンとコニーはペレに誘われたから(多分)(サイモンとコニー、誰なんだかよく分かってない)。
そうして色々あって村人のペレとダンス優勝者のダニー以外みんな生贄に捧げられましたとさ。

ここからはネタバレ。まずは、鑑賞中みんなの服とちょいちょい挟まれる絵画が気になるなあと感じていたので、思い出せる範囲で振り返ってみようと思います。

 

服について
村人たちはみんな真っ白な服を着ていて、カラフルな服を着た主人公たちは常に浮きまくっています。特にダニーとクリスチャンは初めピンクと濃いブラウン、暖色系の服を着ていて、グレーとかネイビーとか寒色系の服を着た他の訪問者たちからも浮いてるなあと思いました。ペレは水色の服を着て、村の人にも主人公グループにもなじんでいましたね。さすがスパイ。そのうち白い服を着て完全に村人側になってしまいましたが………
ダニーは、観測した範囲ではピンク→ネイビー→村人のエプロン装着→村人服→クイーンの服→花に埋もれる という感じでかなり衣装が変わっていましたね。ピンクの時はクリスチャンと関係良好、ネイビーになった時はブラウンを着たクリスチャンとの関係に暗雲立ち込め、村人のエプロンを着たところで村人と打ち解けはじめる。村人の衣装を着てダンスしているときは完全に村娘と通じ合い、クイーンの服を着ているときは村の儀式に参加しつつも慣習に逆らってニシンを吐き出し、花に埋もれているときは村人が皆泣いているなか1人にやりとする。最後の2つ、完全なる村人ではないけれど最早アメリカ人の価値観に基づく行動ではないですよね。花に埋もれてるとか服ですらないし。
クリスチャンは、村娘とまぐわう儀式のときだけ村人の服を着て、そのあと正気に戻った瞬間に全てを脱ぎ捨ててすっぽんぽんになっていましたね。とにかく、登場人物の状態を服でも表していたんじゃないかなあと。
村全体を見ていても、どんどん色がついた服が消えて行って最後には白い服と花々だけが残るのが、全てが村に飲み込まれていった感がありましたね。次にミッドサマーを鑑賞する際は服の移り変わりにも注目してみたいです。皆様も注目してみてください。そして私に教えてください。考察したがりなので。

 

絵画について
クリスチャンたちの初登場場面で女がどうのこうのって話をしているときに女性の胸が強調されている絵画が飾られていたり、ダニーのそばにうろ覚えですが熊が子供に手を差し伸べる絵画が飾られていたり(子どもダニーに本性熊のクリスチャンが手を差し伸べている?)、背景が凝ってるなあという顔をしていました。色々伏線があるらしいですね。見返すの楽しみです。
1番はじめの宗教画みたいな絵だけは見返したのですが、映画全体のストーリーを表していそうでした。絵画最後のシーンは生者とガイコツが協力してなんかやってる絵になっていました。そこから推察するに死も生も一緒、つまり最後に志願して火に焼かれる人の悲鳴と共にみんなで泣きまくってたのは仲間がいなくなって悲しいからではなく、死にゆくものと感情を共有しているってことなんでしょうか。全員が同じ服を着て同じ時に同じ感情を持つ、もはや村人全員で1つの生物って感じで恐ろしいですね。

 

感想を思いつくままに
・ダニーったら、あんなに「この村のこと理解できない!!!」って言ってたのに、村の人とダンスしながら「私たち通じ合ってる!」とか言い始めたとき背筋が凍りました。通じ合っちゃったの…?
そのあとニシンを丸のみしろって言われて、断るし吐き出しちゃったときは逆にちょっと安心しました。まだ村に取り込まれていないんだなって。でも、穀物や家畜に祝福を与えろ、しかしクリスチャンとは一緒に行けないって言われたとき、クリスチャンより祝福を選んでいるのを見て、どんどん村に溶け込んでいるのを感じてまた背中がぞわぞわしました。

・ペレ、「僕も両親が炎に焼かれて亡くなった」って言ってたけど、それってあの最終日の人身御供だったりしますか…???
ペレにしろダニーにしろ、精神が不安定な人の心の隙に入り込んで村の一員に取り込んでしまうの怖い。多分村の一員になったダニーと生贄になったその他の人々の差ってそこですよね。ペレ、というか村から見て村に取り込めると思われたかそうじゃないか。どこかの考察で見たけど、クイーンにしたのも出来レースだったりしませんか?(どの考察サイトで見たか思い出せないので、分かったら追記します)

・村の偉い人がペレに「生贄とクイーンを連れてきてくれた」って言ってペレがにこにこしてそのまま話が進んでいったの、すごい怖かった。
ひとつは、ペレが最初からダニーの心の隙に付け込んでクイーンに仕立て上げようと企んでいた可能性があることに気が付いたから。そういえば夏至祭行こうってダニーを熱心に説得したのペレだった気がするし。でもさ~~~あんなに親切そうに見えたのに、あれ全部クイーンを連れてくるためだったの?それとも孤独なダニーを本当に救おうとしていたの?多分両方だろうな…。
もうひとつは、ダニーがそのセリフを聞いて全然動揺しなかったから。だって、サイモンがコニーを置いて行ったと知ったときあんなに動揺していたのに。絶対クイーンになる前のダニーだったら「え?ひどい!私帰る!」とか言いそうなのに。もう9割くらい村の人間じゃないですか…

・最初、ペレは親切だなあ~クリスチャンもダニーを支えて悪い奴じゃなさそうだな~って思ってたのに、途中クリスチャンは論文のテーマ奪うしダニーを適当にあしらうし自分のことしか考えてないやん!ペレったら親切で超いいやつ!となり、最後クリスチャンは確かにクスリで騙されていたけどクズなところもあったからしょうがない…という気持ちになるのすごい面白いですね。そしてペレは親切な「人」だと思っていたのに最後村人たちと大号泣しててやっぱり「村の一部」なんだなって突きつけられるのも面白いですね。

・最後、クリスチャンもろとも燃えていくところ、村の外との繋がりが全て焼き尽くされていくようでした。村人が皆泣き叫ぶ中、ダニーだけがにやりとしていましたね。あれはどういう笑いだったのか。みんなと同じことが出来ていない時点でダニーはまだ村の一員になりきれてないと感じましたが、あのあとどうするんだろう。今更帰る理由もないし村で暮らしていくとは思うけれど…

・これってダニーにとってハッピーエンドなのかしらん。孤独だったところにかぞくみたいな人たちがた~くさん出来るのはハッピーなのかもしれないけど、このかぞくみたいな人たちって家族じゃないんですよね。家族というより運命共同体。そこに属すためには、家族を亡くした悲しみを抱いていてはいけないんだと思うんです。ペレは、両親を亡くした悲しみを抱いていたのは過去のことって感じの話し方をしていたし。
自分の感情と自分のために生きる権利を放棄する代わりにかぞくみたいな人たちをた~くさん手に入れるの、メリーバッドエンドって感じですな。

今のところ感想はそんなもんですね。これから他の方の感想や考察も見てこようと思います。
見返したくなる映画はいい映画。また鑑賞したいと思います。